2015年4月7日火曜日

4.サンニャーサ・アーシュラマ(人生のゴールを果たす為の生き方)

人生の、そして人間としての最後のステージです。

シャンカラーチャーリヤと、その4人の弟子:
(左から)トータカ、パドマパーダ、ハスターマラカ、スレーシュワラ
皆全員サンニャーシーです。


サンスクリット語による語源


「アス(अस् [as])」という動詞の原型に、

「サム(सम् [sam])」と「二(नि [ni])」の2つの接頭語を付加すると、

社会と家族からの全ての権利と義務を放棄する、つまり縁を絶つ、という意味になります。

最後に「ア(अ [a])」という接尾語をつけると、

「放棄すること」、つまり家族や社会から一切の権利を求めず、また義務も負わない、

持ち物を最小限にし、物乞いをしながら食いつなぎ、勉強を続ける、

そんな生活をすることです。


全ての権利と義務を放棄する目的は?


全てを放棄したのだから、時間がいっぱいあるはずです。

仕事や家族から物理的に離れていても、頭の中が「みんなどうしてるのかな?自分が居なくてもちゃんとやっていけているのかな?」と心配事だらけでは意味がありません。

今までの3つのアーシュラマを全うして生きてきたならば、人間として精神的に独立し、成長し切っているはずです。

そんな人のみが、サンニャーサ・アーシュラマに入ることが出来るのです。

残りの人生の時間を、物理的のみならず精神的にも、社会や家族から解放して、自由な時間を作るのですが、何の為にそんな時間を作るのでしょうか?

それは、ヴェーダの最後の部分を勉強する為です。

ヴェーダは人間の幸せの追求の最善の方法を教える経典です。その経典は、人間として生まれた者全てが求めているゴールについて教えています。

ヴェーダを経典として認めている人も認めていない人でも、欲しいものは一つです。

それは、全ての制限、苦しみ、悲しみからの、絶対的な自由です。

「絶対的な自由なんてあり得ない」という結論が先にあるので、目に見える幸せや体験で手を打っているだけなのです。

しかし、ヴェーダは「絶対的な自由はある。それはあなた自身だ」と教えます。そのヴェーダの最後の教えの部分は「ヴェーダーンタ」と呼ばれています。

ヴェーダーンタが教えようとしている、人間が追求すべき本当の幸福の意味は、精神的に成長した心によってのみ理解出来るのです。ゆえに、サンニャーサ・アーシュラマは、人生の最後の部分として設定されているのです。

ヴェーダーンタの理解の為の勉強と熟考に専念し、それ以外の義務と権利を全て放棄する生き方が、サンニャーサ・アーシュラマの生き方です。


シュリンゲリのシャンカラーチャーリヤと、その弟子。
ヴェーダ、サンスクリットはもちろん、あらゆる学問に長けているのが最低条件。


どのようにしてサンニャーシーになるか?


サンニャーサ・アーシュラマというステージで生きている人を「サンニャーシー」と呼びます。

サンニャーシーになるためには、ヴェーダーンタを教える先生に、「この人は精神的に独立していて、サンニャーシーとして生きながら、ヴェーダーンタを勉強し続け、その意味を理解出来るほどに成長している」と判断してもらわなければなりません。

先生もサンニャーシーである必要があります。先生に、サンニャーシーとして人生の最後のステージに入れてもらうことを「サンニャーサ・ディークシャ」と呼びます。

ヴェーダでは、徹夜で行われる、サンニャーシーになるための儀式が教えられています。先生から許可をもらい、そのヴェーダの儀式を済ませ、「サンニャーサ・ディークシャ」をもらい、初めて、そのひとはサンニャーシーとして生まれ変わります。

シュリンゲリのシャンカラーチャーリヤは代々、
一生に一回だけ弟子にサンニャーサ・ディクシャを与える。

サンニャーサはヴェーダ独特のもの


これらの4つのステージは、ヴェーダで教えられています。

最初の3つのステージはどの文化でも見られますが、ステージごとで達成されるべき目標と、なぜこのようなステージがあるのか、その意味をはっきり説明しているのがヴェーダです。

最初の3つは全ての文化に共通ですが、最後のステージであるサンニャーサの生き方を教えているのは、ヴェーダだけです。このサンニャーサというコンセプトがヴェーダの教える生き方のゴールを特徴付けていると言えます。

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