2015年1月12日月曜日

[7] 1.マインド(思考能力)を使う行為(マーナサ・カルマ)

 ここでいうマインドとは、人間の思考能力全般を指します。自分の望む望まないに関わらず、あらゆる考えが絶えず湧いて来る所がマインドです。勝手に現れて来る考えは、過去にある何らかの「結果」であって、その人の行為とはみなされません。しかし頭の中に自然に湧いて出てきた「コロッケが食べたい」というアイディアに乗っかり、「じゃあ今晩作ろうかな。いや、デパートに行って買ってこようかな、いくつ買おうかな。キャベツの千切りを添えなくては。」と考え出すのは、思考能力を使った行為です。なぜかと言うと、自然に現れて来たアイディアに沿って思考を進めるのか、それとも進めないことにするのかを選択出来る自由が、私達人間にはあるからです。そして、その思考という行為は、将来の自分の行動に大きく影響を与える、つまり結果を生むのです。

 直感的に「嫌だ」「腹が立つ」「傷ついた」と感じるのは、結果であって行為ではありません。しかし感じるだけに終わらず、それらに対して思考を巡らすことは、立派な「行為」としてみなされます。考えたことを実際に言葉に出したり行動に移したりしなくても、それを考えているという事実そのものが、その人の在り方に影響を及ぼすからです。言葉や行動はもちろん、表情や次に出てくる考えも、全ては思考が先立ってのみ在りえるのです。ゆえに、周りを傷つける行為からは、思考の段階から意識的に退くのが賢明です。周りを傷つけるというのは、自分を不幸せにしているのと同じことだからです。


 頭の中に自然に出てきた感情や欲求に対して、それに対して考えを進めるべきかどうか?それを判断し、選択する能力が、私達には与えられています。本能に押されるがままに思考を進めてしまうのは、人間の特権である自由意志をうまく使えていないということです。その人の自由意志が、本能の支配から自由であればあるほど、その人は人間としてより自由であり、より聖人的であると言えます。